『張大小姐』~中国版『虚栄のかがり火』

洪晃の初の小説を読んだ。
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彼女のエッセイ集はすべて持っているほどの愛読者なので
初の小説と聞いて、もちろん即購入。

洪晃が「アメリカの小説『虚栄のかがり火』にインスパイアされた」と
語っているそうだが、トム・ハンクス主演の映画は見た覚えがあるものの
あまり印象に残らなかった。小説は未読だ。
上流社会の虚栄の実態を描いたという点が共通点かと思う。

中国の上流社会とは、つまり共産党の高級幹部で、
主人公の40代の張大小姐こと張燕はいわゆる「紅二代」、
母親が共産党のかなりの地位にいる現役の大物官僚で、
張燕は高校からアメリカに留学、大学卒業後、帰国して、
母のお気に入りの中国ナンバー1のリッチ商人の妻に
おさまっている。

と書くと、洪晃と主人公の共通点から自伝的小説かな?
と興味をそそられるに違いない。
洪晃も母親が外交部の英語通訳で毛沢東の英語教師の章含之、
義父が元外交部長の喬冠華という、いわば共産党の貴族であり、
12歳で選ばれてアメリカに国費留学し、ヴァッサー女子大を出ている。
(同女子大は今はハーバードに吸収されたらしいが、
ヒラリー・クリントンの母校として有名だし、
私の世代だと『ある愛の詩』でアリ・マックグローが通っていた女子大
と認知されている)

もっとも洪晃は自伝ではないと否定している。
むしろ、これは「ファッションとサスペンスと探偵小説」の要素を
盛り込んで中国の現実を描いたリアリズム小説だと言う。
なるほどね。しかも、舞台は北京とニューヨークときてる。
確かに、これほど完膚なきまでに中国の特権階級と金持ち社会を
活写し諷刺できる作家は中国広しといえども他にはいないだろう。
ニューヨークの描写もヒップなファッション雑誌を出していた彼女の
アドバンテージであると言える。
最初の小説に自分にしか書けない世界を選んだわけだ。

登場人物もさまざまな現実の有名人を彷彿とさせ、
生き生きとした描写で楽しませてくれる。
主人公のゲイの親友でアメリカのユダヤ人のロジャー、
彼との楽しい会話はすべて達者な英語で展開される。
『ハーパーズバザー』中国版の編集長の孟小姐なんて
最近同誌を辞めて話題になっている蘇芒そっくりで、
資産家の膝にすぐに座る、なんて描写は彼女の名言
「私は毛糸のモモヒキは穿かない、穿く(座る)のは男の膝だけ」
がすぐに思い出されて思わずニヤリとしてしまう。
大学時代に夢中になる貧乏アーティストの中国人青年というのが
芸術にコンプレックスがあり、芸術家に魅かれるという洪晃が
若い時に陳凱歌と結婚していたことを思い出すし、
やはり紅二代で実業家の幼馴染が、孤児から成り上がって
廃品回収業者、密輸で稼いでのしあがった張燕の夫を、
骨の髄からバカにしているくせに融資を頼まざるを得ないとか、
もういかにもな登場人物ばかりなのだ。

張燕の結婚はまさに「官商交易」の結合で、母親と夫が手を
組んで、貧乏アーティストの子を産んだ張燕を子は死産だったと
だまして2人の仲を裂き、政略結婚させたのだった。
20年後、そのアーティストが北京に帰ってきて死体で見つかり、
死体のズボンのポケットに張燕の電話番号が入っていたため、
身元確認に張燕が警察に呼ばれるところから小説は始まる。
ラスト近くで分かる犯人はそんなに意外ではなかったが
最後の最後に死産したとばかり思っていた息子に再会し、
アーティストが河北の田舎に買っていた、
2人でこんな家に住みたいねと話していたような、
一面の向日葵畑に囲まれた小屋に入ったシーンでは、
不覚にも涙がこぼれそうになった。

小説は映画化も企画されているそうだ。
監督は誰に白羽の矢が立つのだろう。
洪晃を主演に、陳凱歌を彷彿とさせる夫とのなれそめを痛罵した
傑作『無窮動』を撮った寧瀛か?





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