新午前十時の映画祭『初恋のきた道』上映

午前十時の映画祭で『初恋のきた道』が上映されるため
フィルムからデジタルへ変換された作品のチェックに
虎ノ門の東京現像所試写室に行ってきました。
改めて大きなスクリーンで見て、感慨無量でした。
撮影当時19歳だったチャン・ツィイーも12月に女の子を産んで
ママになったのよねえ、とこれと『グリーン・デスティニー』の2作品
のプロモーションで初来日した時のことも、まるでついこの間のこと
のようです。

原作を読むと分かりますが
実はチャン・ツィイーの部分、つまり1958年の過去の話はまったくの
映画のオリジナルです。前後の現代の白黒の部分だけ、原作がある。
初めにチャン・ツイイーありきだったと言えばそれまでですが
あの原作でこういう話にしたその発想はさすがです。

それと役者の選び方。
当時はチャン・ツイイーも孫紅雷もまったくの無名でした。
ルオ先生役の鄭昊も人民解放軍の劇団の新人。
観客にまったくなじみのない顔ばかりを使ったところが素朴な作品に
説得力をもたせています。
村長やシアさんも河北省の素人、
年取ってからのディは夫を亡くしたばかりの現地のおばあさんを
見つけてきて演じさせたというところもすごい。
だから迫真の演技(というより、そのまま思いのたけを語らせたとか)
を引き出したというのですが、
素人の演出力は本当に上手いと思います。

まあ、そのために素人の村民は河北省訛り
チャン・ツィイーとその盲目のお母さん役の李濱は北京語
孫紅雷は東北訛りと(というよりハルピンの喋り。夫や甥たちと
喋り方がまったく同じなのでおかしいぐらい)
全員の言葉がバラバラなのはご愛嬌なんですが。

カメラのホウ・ヨンはその後、チャン・ツィイーを主演に
『ジャスミンの花開く』を撮りました。
季節の移り変わりの映像が本当に素晴らしい。
音楽の三宝も『あの子を探して』とこの『初恋のきた道』で一躍
有名になりました。いい音楽です。

実は『あの子を探して』と『初恋のきた道』は邦題もすばらしい。
これは当時ソニー・ピクチャーズにいたKさんという宣伝担当の
女性がつけたタイトルです。
昨今の芸のないカタカナ・タイトルとはまるで違う、
今回改めて見直しても、もうこれしかないというタイトルで
映画の大ヒットにかなり貢献していると思います。

そして、私と一緒に字幕を担当してくれたのが
英語字幕翻訳家の太田直子さん。
先月まだ50代で癌で亡くなられました。
心からご冥福をお祈りします。
中国語から翻訳した私の字幕を
英語スクリプトでチェックした太田さんが手を入れてくれたのですが
私が中国語で「前井」「后井」という村に二つある井戸を
原語に引きずられて、そのまま村の前の井戸、後ろの井戸としていた
のを、太田さんが「表井戸」「裏井戸」としたらどうかと提案してくれて、
さすが、と感心したことを今でも覚えています。
中国語に引きずられるな、というのがそれ以来、戒めとなりました。

ルオ先生と子どもたちが朗読する文章はスクリプトがなくて
すべて聴き取りで訳しました。
改めて見ると、なかなかいい訳じゃないの、と自画自賛。
この朗読とナレーションの声が大切だから、と監督が
劇団四季の『美女と野獣』北京公演で見たミュージカル俳優孫紅雷を
抜擢したというのも実に慧眼です。

ちなみに孫紅雷はハルピンで音楽劇に出ていて
その後中央戯劇学院に日本の劇団四季が協力して、
ミュージカル・コースを作り、その一期生として入学しています。
顔は何だけど踊りが抜群に上手かったとのこと。

四季はその二年前から中央戯劇学院でミュージカルの講習を担当していて
チャン・ツィイーはその講習を浅利慶太さんから受けたと言っていましたね。
プロモーション来日中に一緒に四季に『ライオン・キング』を観に行ったこと
もいい思い出です。
実は私はその年にロンドンのウエストエンドで黒人ばかりの『ライオン・キング』
を観ていたので、そのド迫力に比べると四季のはイマイチ迫力のかけた物まね
感があったのですが、初めて本格的ミュージカルを観たというチャン・ツイイーは
大興奮して観ていました。
世界に羽ばたく女優となる前の彼女が世界の演劇に目を開いていく時に
ちょうど立ち会ったのだなあ、と今になると思います。

それもこれももう16年も前のことなんですね。早いものです。

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