一句頂一万句

実は12月は河南に行っていました。
用があり、北京に出かけたので、いつも会ってる作家の
劉震雲に連絡したら、河南で映画を撮っていると言います。
いま翻訳中の彼の小説『我不是潘金蓮』を馮小剛が12月に
范冰冰主演で撮るというのは聞いていたので、
てっきりそれかと思えば、
なんともう1つ別の彼の小説を彼の娘さんが撮っていると
いうではありませんか。
それは撮影を見に行かねばと北京西駅から高鉄で行って
きたのです。
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年末にクランクアップして解禁になったので映画のことを詳しく話すと
娘さんの劉雨霖は北京伝媒大学(かつての広播学院です)を卒業後、
ニューヨーク大学の大学院で映画を専攻、
去年『門神』という作品でアカデミー賞の短篇作品賞を受賞しています。
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その彼女が大学院の卒業制作映画として選んだのが、
お父さんが中国最高の長編小説賞茅盾奨を受賞した『一句頂一万句』です。
なんだか、すごいなあ。
長篇第一作に父親の作品を選んだこともすごいし、
そもそも映画化するにはかなり難度の高い作品だとも思うからです。
父親がクランクインからずっと河南の撮影現場でつききっきりになっているはずです。

この父娘、本当に仲がいいのです。
数年前も劉さんの車で送ってもらっている時に娘さんから電話がかかって
きたことがあり、その時の口調がとても優しいのに微笑ましく思ったことが
ありましたが、
今回も現場で劉震雲が劉雨霖のことを「監督」と呼び、
劉雨霖が父親のことを「劉老師」と呼んでいるのが本当に微笑ましかった。
撮影の合間もこんな感じです。
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劉震雲の小説はそのほとんどが故郷の河南と関連がありますが
劉雨霖の短篇映画『門神』も河南の農村の女の子を主人公にした
話なのだそう。
河南で生まれ育った劉震雲は分かりますが、北京で生まれ育った
劉雨霖の河南への思い入れは家庭の教育を感じずにはいられません。
ふつう大都会で育った若い女の子なら、田舎の農村になんか興味を持たないと思うからです。
毎年父親の田舎に帰っていたから、とは言うけれど、やっぱり父親の薫陶でしょうね。
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ところで、この『一句頂一万句』はドラマ化もされていて
ちょうど今回、北京と河南にいる時に放映が始まったので、毎晩見ていたのですが
映画版と原作とはタイトルが同じだけれど
ドラマ版はタイトルを『為了一句話』と言います。
小説は同じ河南の延津を舞台としていますが
前半と後半で時代背景が違い、
100年前の話が「出延津記」、現在の話が「回延津記」で、
ドラマは「出延津記」、映画は「回延津記」からの脚色になっています。
実はこの小説の翻訳も頼まれていて、実際に取りかかるのは
今年の夏休みになるかと思います。
その頃には映画も出来ているかもしれません。楽しみです。







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この記事へのコメント

Yozakura
2016年01月17日 12:52
Dear Madame Zhang,
 遅れ馳せながら、新年の賀詞を申しあげます。明けましてお目出度う御座います。
 河南省の撮影現場を訪問した際の写真、水を得た魚のようで、とても楽しそうですね。この調子で、今年もブログを綴って下さい。お元気で。
マダム・チャン
2016年01月17日 14:50
あけましておめでとうございます。
そうですね、気の置けない友人たちとの旅で
とても楽しかったです。それが顔にも出てま
すかね。戻ってきたら、いろんな意味で地獄
でしたが。あまりいい作品がないので、ブロ
グに書くことがあまりなくて困りものです。
Yozakura
2016年01月20日 13:05
Dear Madame Zhang,
返信、有難う御座います。昨年の話で恐縮です。
 本ブログで該当する元の記事が、現在より相当以前に離れていますので、こちらに書き込みました。悪しからず御了解下さい。

 昨年9月のジュンク堂講演会で高橋氏が紹介されていました

【李香蘭の漢奸裁判に就き、李香蘭本人は上海軍事法廷へ出廷していない可能性あり】

と主張するブログですが、それは以下のサイトでしょうか?検索要素のみを羅列します。

[Livedoor Blog、李香蘭と支那の夜、~名曲・蘇州夜曲の謎を解く~、漢奸裁判への疑問]

 上記ブログの記事は、2014年11月29日付けで掲載されています。このブログでは執筆者は一貫して、李香蘭の足跡の探索とその結果を記事に纏めています。心当たりになりそうなブログは此処しか見当たらず、お尋ねする次第です。
 お時間ありましたら、このブログに御回答下さい。お元気で。
マダム・チャン
2016年01月21日 09:40
私も高橋さんに紹介されて該当記事は読んだのですが
これではないと思いますね。
高橋さんからの微信がはるか以前のものなので
探し出せないので、ちょっとお待ちください。
マダム・チャン
2016年01月21日 16:34
失礼しました。このブログのようです。ただ、高橋さんに確認したら、その話はブログにはなくてブログ主と直接話したのだと思う、とのことです。私も読んだと思ったのは勘違いで(シナの夜の記事は読みました)、二人の
話を聞いてたみたいです。
Yozakura
2016年01月22日 22:22
Dear Madame Zhang,
 返信を拝見しました。お時間ありましたら、そのブログ主宰者との談話など、差支えが無ければ御紹介下されば幸いです。

 また、昨年9月の慶応大学での記念シンポジウム終了後に、本ブログにてマダムが少しだけ言及されていました
「来年1月に今度は早稲田大学にて、矢張り、李香蘭関連のシンポが開催される予定」

 シとのンポジウムは、以下の講演会を指すのでしょうか?

**********
主催者:20世紀メディア研究所
名称:第100回研究会
日時:2016年1月30日(土曜日)午後2時半より
場所:早稲田大学早稲田キャンパス3号館
主な講師:川崎賢子氏(日本映画大学教授)
演題(テーマ):李香蘭研究の新視角----証言と資料の再読から
********

 何とはなしに、それらしい感触があります。何か御存じでしたら、お報せ下さい。お元気で。

 
マダム・チャン
2016年01月24日 07:56
私が言っていた早稲田での李香蘭シンポは
来年度、つまり4月以降になるとのことです。

上記の講演会は私もたまたま見つけました。
他の講演内容も面白そうなので、時間があれば
行ってみようかなと思っています。

Yozakura
2016年01月30日 23:56
Dear Madame Zhang,
 本日午後、早稲田キャンパスを訪問し、上記講演会に参加してきました。川崎教授による【講演・李香蘭研究の新視角】並びに、土屋教授による【講演・占領軍翻訳通訳部とG2歴史課】の何れも、中々に興味深い研究でした。
 両者は何れも、敗戦直後の日本が連合軍により占領されていた時代に焦点を絞り、主として米軍による情報工作活動を採り上げていました。
 川崎教授は、米国公文書館から掘り出した米国の情報工作機関による「李香蘭ファイル」や、その関連資料をもとに、山口淑子女史と藤原作弥氏の共著【李香蘭・私の半生】の記述内容やその論旨を詳細に吟味点検し、
 山口女史本人や、その家族或いは親族が政治工作活動に関与していたかもしれない可能性を一つ一つ検証しています。資料の渉猟と解読が中心となる地味な研究であり、今後の展開が楽しみです。

 土屋教授も、米国政府機関の資料を土台とする文献の収集や解析を踏まえて、日本を占領していた連合軍による情報収集活動を解明しつつあるところでした。こちらも、文献資料の渉猟と点検、比較解析が中心となる地味な研究です。
 両教授共に、まだまだ研究の途上にある現状を強調し、文献や関連資料の通知や提供を出席者に呼び掛けていました。
 両者の研究発表の要旨は概ね、上記の通りです。お元気で。
マダム・チャン
2016年01月31日 08:10
詳細な報告ありがとうございます。
私は仕事がどうにも終わらず、結局行けなかったので
助かります。
なるほど、ですねえ。
いろいろ腑に落ちること多々ありです。
そもそも山口さんのお父さんが絶対に
ただの満鉄の中国語の先生ではないと
思います。知り合いの中国人たち(つ
まり山口さんを養女にした人たち)が
大物すぎます。
山口さん自身は後年、ノグチイサムと
結婚していた頃、NYのパーティーの席
で、元汪精鋭政府高官夫人と出会い、
とても気まずそうにしてパーティーを
こっそり脱け出したという証言を読んだ
こともあります。
中国の人の間でも「李香蘭、女間諜」と
いう評価がかなり固定的にあります。
直接本人を知る人は本人からのお話は
絶対にいままで発表になった本の内容を
超える話は出なかったと言います。
墓場まで持って行った話がたくさんあり
そうで、口の堅い人だったところも素質
あり、ですよね。ますます興味がわいて
きました。
Yozakura
2016年02月01日 19:57
Dear Madame Zhang,
 返信を拝見しました。共感出来る部分が少なくありません。例えば、

> 墓場まで以って行った話がたくさんあり
> そうで、口の堅い人だったところも----

 その図書【李香蘭・私の半生】が発行されてから数ヵ月後にそれを読了した際に私も、「山口女史が、自分の見た儘、聞いた儘をその儘に書けば、困る人が沢山出て来るだろう。一体、山口女史は何を話していないのか?何を書いていないのだろうか?」と感じたものです。

 土曜日の講演の途中に川崎教授も苦笑を交じえ乍、しかし苦渋を滲ませつつ、紹介した逸話があります。
 「昨日(2016年1月29日・金曜日)、その共著者である藤原氏からメールが来て、『貴女は明日、李香蘭スパイ説をレクチャーされる心算ですか?!』と糺されました」
 一字一句、その儘ではありませんが、概ね、そうした意味内容の逸話開陳でした。勿論、これは事実です。

 そして、マダムの返信を熟読しますと、此処にも、同様の「李香蘭スパイ説」に傾いておられるブログ主宰者が約一名いらっしゃる。外野席のアマチュア観客の好奇心も、いやが上にも募る訳です。
 また機会が有りましたら、マダムの説を披露して下さい。お元気で。

追伸:余計なお世話です。
 マダムの返信の中に、歴史上の人名表記に誤字がありましたので、お報せします。

×:汪精鋭
◎:汪精衛

 「せいえい⇒漢字変換⇒精鋭」となった儘なのでしょう。「衛」とは、マダムの芳名の一文字です。これでは、異国で客死した汪兆銘が哀れです。余計なお世話、失礼しました。m(_ _)m

 



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