『一歩之遥』

プレミアが見事に延期になり、観ることが叶わなかったため、
クリスマスイブに北京に飛び、空港から映画館に直行し、
『一歩之遥』を観てきた。

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ストーリーは1920年に閻瑞生という遊び人が遊ぶ金に窮して
付き合っていた高級娼婦の人気コンテスト優勝者である王蓮英を
ドライブに誘い出し、人気のない郊外で殺害、
彼女が身につけていた宝飾品を盗んで逮捕され、
射殺されたという、当時、上海を騒がせた事件を下敷きにしている。
翌年に撮られた中国最初の長編ストーリー映画も、実はこの事件を
題材にしたものなのだそう。

姜文演じる馬走日がその閻瑞生であり、スー・チー演じる完顔英が
ミスコン優勝娼婦、
馬走日の嫌疑を晴らすため、周韻演じる監督志望の統帥令嬢が
馬走日本人に本人を演じさせる映画を撮ることになり、
だんだんと馬走日に魅かれて行った令嬢は、
2人の仲に反対する母親と葛優演じるフランス租界警察署長に追われる
ことになる…


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統帥を演じるのは『芙蓉鎮』でヒロインの前夫を演じた劉利年。
かつての好青年の面影はまったくなく、袁世凱そっくりで、
陳凱歌の前妻である洪晃(女優ではなく本業はファッション雑誌の
編集長なのに、ものすごい好演)演じる本妻のほかに6人の妾が
いて、さらにロシア人を第八夫人に娶ろうとしている。
そして、この統帥一家を仕切ってるのが日本人の第七夫人という
あたりもなんだか意味深で、政治的隠喩が感じられる。
映画監督志望の令嬢の名は武六で、五六と音が通じ、
5+6はつまり11、1911は辛亥革命であり、
馬走日が日頃から気に入らないと思っている男にジョセフこと
鐘三というのがいて、馬走日に2階の窓から殴り飛ばされるのだが、
鐘三は中山と音が同じで、つまり孫文とも読める。

つまり、『譲子弾飛』が共産党の革命史の総括だとすれば
この作品はその前段階である国民革命の総括とも解釈できる。
でも、1週間延期されたプレミアの直後から、ネット上には
「分からない」という声が溢れた。
『譲子弾飛』の表面上のストーリーが単純な勧善懲悪の復讐劇
仕立てであったのに対し、
この作品は、内容がてんこ盛りすぎて、本筋が見えにくくなって
いるからだろう。
実はメインテーマは姜文個人の女性観なのでは?と私は感じた。
そうだとすると、あれだけ大ヒットした『譲子弾飛』の路線ではなく、
むしろ散々意味不明と酷評され、興行的にも失敗だった『太陽照
様昇起』に近いとも言える。


私は『譲子弾飛』の時ですら、「この映画は相当知能指数が
高い観客でないと分からないのでは?」と、
プロデューサーの馬珂に言ったことがある。
馬珂は「でも葛優もチョウ・ユンファも出ているし」と、大陸での興収には
自信を持っていたが、案の定、日本ではまったく受けなかった。
チョウ・ユンファに宣伝のポイントを置いていたにも関わらず。

謎解きを楽しむ映画という点で、この作品も相当に観る人の知能レベル
を試す映画である。

私の知人たちも中国人日本人を問わず、独自の解釈を
しているので、その中で面白かったものを2つ紹介したい。

①馬走日は宦官である説

でなければ西太后とあんなに近いはずはないし
民国になってしまったことを悔やむはずがない。
完顔英と統帥令嬢に迫られても結婚しなかったのは
性的不能のせい。

この説の欠点は姜文がセックスアピールがありすぎて
宦官にはとても見えない点。

②これは姜文の婚姻史である説

何が何だか分からないうちに一緒になり
終わってしまった完顔英との恋愛は最初のフランス人
妻との結婚を象徴している。
フランス租界の監獄に入るというのも意味深。
そして総帥令嬢を残して馬走日が死ぬのは
妻の周韻と添い遂げるぞという姜文の意思表明。

この説はなかなか妙味があるが、問題はフランス人とは
結婚はしてなかった点と姜文の最強の元カノ劉暁慶を
描かないのは婚姻史として決定打に欠ける点。


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