マダム・チャンの日記

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zoom RSS 中国が愛を知ったころ

<<   作成日時 : 2017/11/06 08:50   >>

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張愛玲の翻訳は池上貞子さん、南雲智さんに続いて3冊目となる
神戸大の濱田麻矢さんの翻訳短篇選。
セレクトがいいです。
1つは処女作「第一炉香 沈香屑」。

香港が日本に占領され、留学先の香港大学を退学して上海に戻り
叔母と暮らしながらペンで生計を立てようと書きためた小説を福州路
に住む鴛鴦派の旧小説の作家で編集者でもあった周痩鵑に持ちこん
だのがこの作品だった。当時23歳。英語で書いた映画評などを発表し
ていた彼女の作家デヴュー作だ。
周痩鵑は当時どのへんに住んでたのだろうと福州路をぶらついたこと
がある。今は書店や文房具店の多い通りだけど、昔は四馬路と呼ばれ
た歓楽街だ。
周痩鵑はエンタメ通訳でおなじみのサミュエル周さんの伯父さん。
そういえば写真を見ると優しい風貌がよく似ている。
上海から香港に大学に入るためにやってきた女学生が主人公と言う
等身大のヒロインを描いくことが多かった初期の作品だ。
40年代の香港が舞台。

2作目は50年代にアメリカでまず英語版が発表された表題作。
原題は「五四こぼれ話 羅文濤が三美と団円す.ること」。
最高に面白い。20年代、五四運動華やかなりし頃、新しい文化や
ライフスタイルが喧伝された時代を背景に、旧式の結婚を嫌い、
恋愛結婚をめざした主人公が、結局は三人の妻を娶り、同居する
羽目になるという、
つまり麻雀の面子が揃ってしまうという痛烈な諷刺作品。
実は汪兆銘政権の文官だった胡蘭成との短い結婚生活で
プレーボーイだった胡蘭成が政務をとっていた南京にも、
日本が負けて隠れ住んだ温州にも妻同然の暮らしをしていた
女性もいたという四角関係を十年経って作品に昇華させたもの。
感慨深い。杭州が舞台というのも珍しいかもしけない。

3作目は70年代に発表された張愛玲の上海での女学校時代と
アメリカに渡ってからの生活をうかがわせる作品。
上海きってのお嬢さん学校だった聖マリー女学院(今は徐家匯
中学になっている)でのS的感情の対象のこと、彼女が共産党
シンパで活動費カンパの目的でヒロインの恋心を利用しようとする
話や、上海時代は何でも話せた友だちがアメリカに渡って境遇が
かわってしまうと疎遠になっていく様子が興味深い。香港時代の
クラスメイトで上海でも常に行動を共にしていたインド系の友人
ファティマ(炎櫻)がモデルだろうか。
この炎櫻は50年代に日本にいたことがあり、張愛玲は日本での
たつきを求めて、香港から日本に来たことがあったらしい。
胡蘭成もすでに日本に亡命していただろう。
会ったかどうかは不明だ。私が生まれる前の話だが
急に身近な存在になった気がする。

実は最近、阿袁という南昌大学中文科の先生である作家に
ハマっていて、張愛玲を彷彿とさせるところがある。
時代や境遇が違うので、張愛玲の作品のような悲壮感はないが
愛に対する辛辣でそれでいて一途なところがなんとなく似ていて
好きな現代の作家である。



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