マダム・チャンの日記

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help リーダーに追加 RSS 『左右』

<<   作成日時 : 2008/06/26 07:51   >>

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今年のベルリン銀熊奨受賞作。
離婚した夫との間の一人娘が白血病に犯されている
ことを知った女性。
元夫も自分も血液が娘とは不適合で、元夫との間に
もう一人子どもを作り、その赤ん坊の胎盤の血液で
娘を救おうと決心する。
だが、問題は彼女も元夫もすでに再婚していること。
人命と倫理との板ばさみで右往左往するというのが
タイトル『左右』の意味だった。

重い話ではある。
観ている間中、ずっと自分だったら?と自問せざるを得ない。
自分が母親だったら、同じことを考える可能性は高い。
では、自分が再婚相手だったら?
人工受精までは抵抗ないが、それが上手く行かなかった時の
自然性交まで果たして踏み切れるか、
あるいは配偶者として容認できるか。
もっとも一番切ないのは彼女の現夫だろう。
いくら妻の連れ子を可愛がっているとはいえ、
二人目も妻と他の男との間の子だなんて。
そんなことを思いつつ、重苦しい気持ちで観終わった。

だが、観終わった後、ふつふつと湧き起こってくるのは
倫理観からの抵抗より、
真摯で重いテーマのわりに感じる媚びに対する微かな
反感。
不必要に多いような気がするベッドシーンと
何回もの精子採取のシーン。
元夫の苦悩と憔悴感を表しているんだろうけど。
夫婦のベッドシーンは地味な母親夫婦のほうには一度もなく、
元夫の再婚相手でフェロモンむんむんの余男(『トゥーヤの結婚』の
彼女とまるで別人。この人、厚ぼったい唇が超エロい。)と、
見れば見るほどなかなか渋くて、いかにも中国的いい男な元夫との
ベッドシーンが観客へのサービスっぽく見えるのは私の考えすぎ?
元夫婦が自然性交に挑むベッドのシーツも枕カバーも真っ赤っかってのも、
何だかあまりに不自然。 

さらに言えば、余男の同僚役の田原とか、
娘の幼稚園の先生役の高圓圓とか、
必要性のあまりない役を作って、
いわば中国文芸映画界のアイドルとも言うべき若手女優を
配した点が納得行かない。
徹頭徹尾、淡々とドラマに徹した『立春』に比べると、
この作品は、どうも地味な題材に徹しきれていない監督の揺れの
ようなものを感じて、肝っ玉が据わっていないような印象を受ける。
冒頭と自然性交に出かける場面での、タクシーの運転手にに指示だしする
妻の「左」「右」という声がタイトルの『左右』にかけているという遊びも、
洒落たつもりだろうけど、要らないと思った。
作品にそぐわない受け狙いの軽さがひょいとのぞいてしまうのが
この作品の致命的な瑕疵だと思う。

それでも、薄汚かった『苹果』よりは清潔感があって抵抗はないけれど、
なんとなく釈然としないものが残る作品だった。





































































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