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GW中に息子と書店に行って、見つけた米原万理さんの新刊本。 まだ単行本になっていないエッセイがあったのね、と喜びながら 手にするも、帯には「最後のエッセイ集」とあり、 これで、いよいよ米原さんの未読の文章を読むのは最後なのかと 思うと残念でならない。 私の本棚には彼女の全著作(翻訳一冊を含めて)が揃っている。 ただの通訳だけでは終わらず、作家となったのも当然というその個性と 知性を敬愛していたのだが、ついに一度も実物にお会いする機会は なかった。そうと知っていたら、講演にでも行ったのになあ。 さて、ページをめくるのを惜しむように読んだ最後のエッセイ集。 最後とは言っても亡くなる直前までサンデー毎日に連載していたエッセイは、 「発明マニア」という本にまとめられており、 こちらの「心臓に毛が生えている理由」のほうは発病前からの さまざまな雑誌や新聞に書いたものをまとめたものなので、 自分の老後のことなどが書いてあるのが、今読むと痛ましい。 どの文章も、その博識ぶりと洞察力に感嘆するのだが、 やはり言語に関する三章の「心臓に」が一番光っている。 その中でも特に興味深く読んだのは、日本人を含めた東洋人の口下手と 西欧人の論理性に言及した「脳が羅列モードの理由」。 米原さんはそれは東洋と西洋の試験方法に関係があると考えた。 科挙のような筆記試験の東洋と、口頭試問で鍛えられた西洋人との 違いなのでは、と言うのだ。 それに対し比較文学者の平川先生という方が、 それは西洋では紙が少なかったからだと書かれていたと言う。 西洋では紙は貴重品で第二次世界大戦中ですら、 アメリカ軍の兵士は一日一回四片の割り当てだったと言うし、 (それってトイレ紙のことなのかメモ用紙とか手紙の便箋のことなのか 不明だが) 18世紀に日本に来日した西洋人は日本人が和紙で鼻をかんで 捨てるという贅沢に驚嘆したのだそう。 (だから、西洋人は鼻をハンカチでかむのかあ) またケンブリッジ大学で筆記試験が始まったのは、 数学は1747年、古典は1821年、法律と歴史に至っては1872年だとか。 そこから米原さんの鋭い洞察が展開される。 通訳をしていると、論理的な発言はどんなに長くても記憶できるが、 非論理的な発言は本当に覚えにくいことからも分かるように、 西洋人の論理性は記憶の負担を軽減するために発達した。 文字依存度が高い日本人に比べて、それが低い西洋人の言語中枢は、 ゆえに論理的にならざるを得ないのだ、と言うのが、米原説。 なるほどねえ。 私もそんなに深くこの問題について考察したわけではないが、 西欧人の中国語スピーカーが中国語が読めないことに驚いたことが 何度かある。(もちろん読める人もいるんだけど) 私なんか漢字ナシではとても単語を長くは覚えていられないのに、 この人たちはどうやって記憶に定着させているのだろうと不思議でならなかった。 もともとが中国人や日本人のような漢字圏の人間は使用するのが 表意文字であるため、文字依存度が高い。 それに対して欧米人はアルファベットそのものが表音文字だから、 完全に聴力依存なのね。 聴力だけで記憶に定着させるには論理思考が必須なわけだ。 だが、待てよ、と思う。 米原さんは中国語を解さないから、日本人だけを基準にして 東洋人は非論理的と言っているけど、 中国人が実はものすごく論理的に喋ることの理由はそれでは 解明されないではないか。 中国人の発言に常々私が感心するのは、まず結論を述べて、 それには理由がいくつあります、「一、二、三…」と列挙することだ。 大学の先生でもないのに論理学でも学んでいるんかいなと思う。 こういう喋り方をする日本人は私も含めてそうはいない。 それから、学校教育でスピーチの教育でもしてるのかと思うぐらい、 どんな人でもスピーチが上手い。 スピーチ定型文があるせいだけど、本当に自信たっぷりに喋る ので、聞いていてものすごく安心感がある。 日本人は相当な偉い人でスピーチ慣れしてても、上手い人は少ない。 もっとも中国人は定型で喋るのでスピーチが面白いということは めったにないけどね。 普段のユーモアがスピーチには現れないから。 だいたい、スピーチなんて正式なものじゃなくても、 テレビの街頭インタヴューなんかでそのへんを歩いてる人に 話を聞いても、 日本人と中国人は答え方が全然違う。 中国人は述べる意見が明晰で内容がある。 (正しいかどうか、とか、客観的であるかどうかはともかくとして) 映画の感想を小学生の子どもに聞いたって、 中国人の子どもはそのへんの日本人の大人より、きちんと答える。 それに対して、監督の舞台挨拶に花束贈呈に来る日本の女優さんに、 司会者が映画の感想なんか聞いた日にはほんとに通訳泣かせである。 だって、まったく訳しようがないんだもの。 何とか訳しても空疎な内容のない中国語になってしまい、 通訳がボキャブラリーがないせいじゃないかと疑われてしまう。 実は東大卒の某女優ですらそうだった。 いくら理系でも、それはないんじゃないという感想に呆れかえった。 あ、でも、今にして思えば彼女、その映画を見てなかったという可能性もあるな。 だから、どんな映画でも言えるようなことしか言えなかったのか。 それなら分かるけどね。 追記 お昼を母親と食べながら日中共同記者会見を見る。 ね、中国人は定型で喋るでしょ? 何も言ってないに等しい、胡錦濤の質問に対する名答ぶり。 二人の発言を聞いていると福田が正直に見えてくるもの。 テレ朝の記者は質問が具体的でなかなか宜しい。 できるだけ具体的に細かく聞いていかないとダメなのよ。 おおまかに聞こえのいいことしか言わないからね。 あと、中国の小学生が日本人のそこらの大人より中身がある ことを喋っているように聞こえるのは、中国語の単語が抽象語 が多いせいもある。 日本人も漢語を多く使って話せば大人の感想にはなる。 ただ抽象語の欠点はもっともらしいが、空疎に流れやすいこと。 錦ちゃんの発言を聞きながら、そう思った。 ところで、錦ちゃんの発音は、「e」が抜け落ちるのね。 「接触」が「基礎」に、「戦略」が「站立」に聞こえた。 |
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西欧人の留学生に半分怒りを込めて言われましたよ。「どうして日本人は漢字が読めるのに中国語が下手なんだぁ!?」って。私たち日本人は「知らね〜よ」って答えていましたけど(汗)。 |
今岡 2008/05/07 23:13 |
いつも楽しみに見ています。米原万里さん私も大好きです。嘘つきアーニャの真っ赤な真実 オリガ・モリソウナの反語法 を読み終えた時のなんともいえない読後感。いつもにこやかでユーモアにあふれていた米原万里さんの人とのつながりかたが強くて温かいのですよね。 |
ikko 2008/05/08 00:43 |
今岡さん |
マダム・チャン 2008/05/08 07:52 |
ikkoさん |
マダム・チャン 2008/05/08 07:56 |
興味深く、日記を拝見させて頂きました。 |
ming ming 2008/05/08 22:26 |
ming mingさん |
マダム・チャン 2008/05/09 07:36 |
留学していた時、友達がたまたま持ってきていたのが、 |
mudanjiang 2008/05/09 11:28 |
米原さんは政治的立場の明快な人ですよね。 |
マダム・チャン 2008/05/09 11:41 |
>日共と中共との仲が微妙 |
mudanjiang 2008/05/09 13:35 |
あ、もちろん、これを言う際はにこやかに |
マダム・チャン 2008/05/09 17:01 |
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